歴史
相撲の歴史は、日本史そのものとかなり深く結びついています。
神話 → 宮廷儀礼 → 武家文化 → 興行 → 国技という流れで整理すると分かりやすいので、その順でいろいろ紹介します。
神話の時代:相撲のはじまり(神話・古代)
日本最古の相撲
相撲の起源として必ず出てくるのが話があります。
建御雷神(たけみかづち) vs 建御名方神(たけみなかた)
『古事記』『日本書紀』に登場
国譲りの場面で、力比べ=相撲の原型が描かれる
この時点で、「力で勝敗を決める」「神事・儀礼と結びつく」という相撲の本質が揃っています。
奈良・平安時代:宮廷行事としての相撲
相撲節(すまいのせちえ)
天皇の前で行われた公式行事で、全国から力自慢を集めて競わせました。占いや五穀豊穣祈願の意味もあったようです。
この頃の特徴:
- 勝敗よりも 儀式性・見せる要素が強い
- まだ今のような土俵はない
- 貴族文化の中の「力の芸能」
ここで相撲は「野蛮な力比べ」ではなく、国家的・宗教的イベントとして地位を確立します。
鎌倉・室町時代:武士と相撲
武士の鍛錬としての相撲
鎌倉武士は実戦的に相撲に取り組みます。「組討ち」の訓練として重視されていたようです。
この時代の相撲は:
- 実用重視(投げ・押し・体捌き)
- 武芸十八般の一部的な扱い
- 大名の庇護下で行われることも
勧進相撲の登場
寺社の修復費用を集めるための興行という側面も持ち始めました。今の興行相撲の原型ですね。
ここで初めて、「見せて金を取る相撲」が生まれます。
江戸時代:相撲が職業になる
ここが相撲史の大転換点です。
職業力士の誕生
相撲が完全に興行ビジネスになりました。定期開催、番付、給金制度が成立し、遊び・儀式・訓練を超えた競争が始まります。
現代相撲の原型が完成
この時代に整ったもの:
- 土俵(円形・俵)
- 番付制度
- 四十八手
- 行司・呼出・床山の役割
- 横綱という存在(当初は称号)
横綱の誕生
最初期の横綱は谷風梶之助(讃岐の谷風)です。横綱は当初「最高位」ではなく別格の強者に許される免許でした。
江戸時代に、今の大相撲の「型」がほぼ完成します。
明治時代:消滅の危機と近代化
相撲、ピンチ
明治政府は「近代国家化」を優先させ、相撲は「野蛮」「封建的」と批判されるようになりました。一時は天覧相撲が禁止されるほどだったようです。
国技化への転換
明治天皇が相撲観戦し、相撲が「日本文化の象徴」として再評価されます。1890年代に国技的地位が定着します。
ここで相撲は、「古臭い風習」→「日本の伝統」へと再定義されます。イメージチェンジが図られたわけですか。
昭和時代:国民的娯楽へ
戦前〜戦後
ラジオ、新聞で相撲人気が拡大します。さらに、戦後はテレビ中継で爆発的に普及します。
昭和の名力士
- 双葉山(69連勝)
- 大鵬(巨人、大鵬、玉子焼き)
- 北の湖
- 千代の富士
この時代に「横綱=国民的スター」が定着。
平成〜令和:国際化と変化
外国人力士の活躍
小錦を追うようにハワイ出身力士の曙、武蔵丸が横綱昇格を果たします。その後、朝青龍、白鵬とモンゴル出身の横綱がたくさん登場し始め、令和の照ノ富士、豊昇龍と流れが続きます。
課題と変化
- 国際化 vs 伝統
- 暴力問題・不祥事
- 女性の土俵問題
- 力士人口の減少
時代の変化とともに相撲の新しい在り方が議論されるようになっています。しかし、新しくなることだけが正しいとは言えません。
- 神事性
- 年6場所
- 番付文化
現在もしっかり継承されていることは多いです。
相撲の歴史を一言で言うと
相撲は「神への奉納」から始まり、
人に見せる芸となり、
国家とともに生き残ってきた文化
と言えそうです。